視えないけれども 相手は感じとっている
書道の仕事をしていると、時々その書道を使ったパッケージのデザインやHPであればHPの色やレイアウトの相談まで受けることがあります。
最近は中国語のレッスンサイトを作る方のご相談を受けています。
仕事的な問題になると具体的なこともアドバイスをするのですが、
ご本人は交渉先に対しての「不満・不平」ばかりが先に走り
お話を聞くだけで時間が過ぎてしまいます。
自分が出資しているので
先方が思うように動いてくれない、
期待しているように進めてくれていない、
言っているように動いてくれていない、
という理由から「不平・不満」は募っています。
終わったことは過去のこと
同じ時間を過ごしていくのであれば
この先にどう対処することが
今の自分にとって心が平和で
そして仕事としても進めていけるのか、
この点に心の焦点を合わすことの方が大事です。
不平不満を言うということは
少なくとも、不平になることや不満になることを
心の中で思っているから言葉にしているのですから、
宇宙の法則の「思ったことは現実になる」という定義からすると、
この過去を思い出して不平不満を言っていることは
「未来に不平不満を思うことを自分で創造している」
ということになります。
なってほしくないのに、
自分ではずっと創造しているという
悪循環ですね。
だから、私は相談を受ける時には、あまりにも「不平不満」が募ってこられていると、「相談と愚痴、この意識を持ってください」とお話することもあります。
また、現実的に先方を話をしていても
この不平不満な気持ちはどうしても相手にも伝わります。
「ごめんね」と謝りを聞いても
「この人、心ではそう思っていないわ~」と
人と言うのは視えない心も察知して、「感じる」ことができます。
心から出ている波動がなせる業です。
波動はエネルギーでできているので、視えないけれども伝わります。
だから
相手に対して不平不満に思っていると、
それが自然と相手にも伝わり、相手としては気持ちよく仕事ができなくなります。酷くなると、反感を買ってしまい、より仕事がスムーズにいかなくなります。
苦手な人をムリに好きになりましょうと言っているのではありません。
不平不満の心の波動を発してしまったために、
相手か自分を嫌うように仕向けることは
仕事であれば自分にとって決してプラスの作用とは言いにくいです。
特に不平不満を思いがちな人には注意していただきたい言葉があります。
・「でも・・・・」という口癖。
でも~と言っていると、自分はこうだからという相手に対しては賛同しないというよりも、話をひっくり返してしまうニュアンスが出てきます。すると、いつまでたっても平行線です。
だから「でも・・・」でなくって、「それなら・・・」という相手と「調和」を取れる方向に視点を切り替えてもらいたいと思います。
反発されたら、誰だって、相手のことは苦手になりますし、
酷くなると話すのも嫌になりますよね。
この相談を乗っている方は、実は同じことが前にもあったので、ブログに少し書いて見た方がいいかなと思いました。
神様は、その方が「気づく」まで、同じような状況を作り出すからです。
毎度毎度イライラすることが起こるというのは、
「気づく」ことで言動に変化が必要だから起こるのです。
相手の責任というよりも、
自分が課題としてクリアーができていないので
再度考えてみましょうという神様からのメッセージです。
寧楽感恩