はひふへほっ。 笑う門には福来たる

~視えない世界と和の法則、地に足つけて幸せを~

さみしさは埋めない❤「ある」へのシフトサイン

自愛をしていく過程の中で、
改めて見えてしまう思い・心があると思います。
この”さみしさ”もその一つではないかと思います。
今日は、この”さみしさ”について自愛的視点から書いていきますね。

 


今まで、がんばってがんばってがんばって、
ふんばってふんばってふんばって懸命に生きてこられた方の中には
A.「”さみしい”なんて言っている暇なかったわ」
B.「”さみしい”と思うとより”さみしく”なるから、できるだけ思わないようにして来たわ」
C.「”さみしい”ということ自体考えたことがなかったわ」
そういう方も多いと思います。

A~C,こういう方は、屈強な自制心でもって心に鎧をはおってやって来られた方だと思います。
Aタイプは、忙しくて自分の心を顧みる暇もなかった
Bタイプは、もっとさみしくなるのを避けたくて自分の心に蓋をしたり、見ないようにしてきた
Cタイプは、そもそも”さみしい”という感情・心さえ自分で気づこうとしないままやってきた

 

私もそういう時期がありました。
いくらやってもやっても何か満たされない自分にも気づくことにもなりました。
この3タイプ共通点があるんですね。
それは、「自分の”さみしさ”をスルーしている」。

 

もうすこし踏み込んでいくと、自分で自分の心をじっくりと顧みて、そして感じることを避けてきた、またはしてこなかったということ。
「自分の”さみしい”を放置してきた反”自愛”」なんです。
つまり

「自分の”さみしさ”をしっかりと自分の心で引き受けて”自愛”をしましょう!!!」いうことなんですね。


勘違いしないでください。
心を引き受けないまま”さみしさ”を埋めようとするのは、”自愛”ではないということを。
心を引き受けないまま”さみしさ”から逃げようとするのは、”自愛”ではないということを


そうすると、「どういうこと?」「じゃ、どうするのこの”さみしさ”?」となると思います。
私もそう思っていましたから・・・・

 


神様曰く、
「”さみしさ”は、悪いものとして無くそうと無理しない。
 ”さみしさ”を無くそうとするから、苦しむんだよ。
 ”さみしさ”を感じて苦しいのが嫌だなと思ったら、考え方を変えればいい。
 ”さみしさ”、”さみしさ”として受け入れて、意識を「ある」に向けるためにある”さみしさ”だ」と。


”さみしさ”は”さみしさ”として、認めて、引き受けて、
”さみしい”のが好きでなければ(時々さみしいことを楽しんでおられる方もあるので)、
「ある」という考え癖にシフトしましょうという合図だということです。

 

この「ある」という考え癖にシフトしましょうというのは、
”さみしい”という時の心・感情を探ってみるとわかりやすりと思います。
楽しくない
満たされない
懐がさみしい(お金まで寂しいとは!お金がない
一人しかいない
わかってくれない
怒ることもできない
助けてくれない  などなど
”何かで埋めよう!”としても、「ない」が基本視点なので、結局埋めることはできないまま苦しみが続きます。
「ない」という心・感情がどうしてもセットで繰り返されるんですね。苦しいはずです。
陰と陽、黒と白、有と無、この世界で”気づく”ためには、神様は二極を作っておられますが、まさにこれなのが「ある」と「ない」。

 

だから、
どちらかというと、”さみしさ”の場合は、陰であり、黒であり、無でありと、暗いイメージで”快”でない「ない」になるんですね。
じゃ~、消していいのか?というと、消してしまうと、陽や白や有がわからなくなってしまうので、
”愛と調和”を学ぶためには、”さみしさ”はある方が私たちにはわかりやすい^^
私は、さみしさも毛嫌いしてましたからっ!!

 

「ある」を知るための「ない」。
「ない」を知ったので、「ない」をスルーして、認めないでいるとずっと、「ない」ままで、
宇宙の法則に思ったことが現実となる「ない」未来を創っていくことになってしまいます。
だから、自分が「ない」という”さみしさ”を一旦認め、”さみしい”に気づいてあげることで、
”さみしさ”の「ない」から「ある」へのシフトを始めることができます。


そして、更にもう一歩、ゼロフラットクリーニング法を応用しまして、
”さみしい私も、かわいい私! LOVE!!"
「さみしがっている私も、私の本心、じっくり自分の心を抱きしめてあげよう~ LOVE」と
ジンワリ温かい気持ちで、自分の心・気持ちを包んであげるLOVEです^^
”さみしさ”対処の自分ひとりで出来る”自愛”法です。

 

”さみしい”思いをwellcomeで受け入れられほど人間強くないとは思います。
誰でも”さみしい”と思うものであり、だからこそ“自愛”ができるようになる。
そのために”さみしさ”を知る要因となる”他者”があり、“慈愛”を学び、ひいては”慈愛”することができるようになるのですから。

 


引き寄せ法則で巷で言われるのは、
「さみしい者同士が引き寄せられると、恋愛・夫婦関係は長続きしない」と。
どうなのかな?と・・・・


本当に自分の心や気持ちをわかっていれば、
神様からの”ある”を知るお知らせとして”さみしさ”があって当然なんですね。
(それを感じないとか、蓋をして、”さみしさ”がわからないのは、それ以前の問題で、自分の心を自分で感じられるように・・というところから始める必要があります)

”さみしい”からと自分の心や感情を引き受けて”自愛”することをしないで
「さみしいから付き合いたいの」
「さみしいから楽くなりたいの」
「さみしいから幸せにしてほしいの」などなど、
人に”さみしさ”から抜け出すように依存する心を持つ者同士が引き合うのが問題なんですね。
自分で自分の”さみしさ”を引き受けて「”さみしい”自分を温かく包もうLOVE❤」がないから、
「人に温かく包んで欲しいのよ、無理やりLOVE」を求めてしまうんですね。
これだと、お互い”欲しい””欲しい”で、恋愛・夫婦関係はうまくいかなくなるのも仕方無い部分があります。お互いに相手の”さみしさ”を押し付けたり、引き受けてしまうと、疲れてしまいますよね。
思っているように慰めてもらえなければ不満が多くなり、うまくいかなくなるのも当然です。


私の神様的には、
”さみしい”と自分の心や気持ちに素直になれて、
”さみしい”と自分の心と気持ちを自分で引き受けることが出来る者同士が
お互いがが自立した状態であれば、持たれ合いにならず、依存にならず、
よい関係が維持し続けることができるということです。自分ができないところは依存でなく補ってもらう、また”慈愛”を学ぶためには、パートナーがあってこそ経験として学べるのですから、”さみしさ”がゼロの人を探すことの方が超困難です。

 

最後に、
”さみしさ”もあなたの一部、LOVEで抱きしめてあげましょう❤     
                                  寧楽感恩