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はひふへほっ。 笑う門には福来たる

~視えない世界と和の法則、地に足つけて幸せを~

自分を好きになれずに困っている方へ❤自愛方法

最近は、ブログを書くと大体6,7時間掛かっていることが多いんですね。そんなにどうして?笑われているかも知れませんが。
文章をまずは「メモ」ファイルで作っておいて貼り付ける手段を用いても
このHatenaブログのサーバーとの互換性があまりよくないのか、
打字にはすごく時間が掛かり、文字の大小・色変換にものすごく時間が掛かり、
私にとっては”何とかならんか~”の一つです。

 

けれど、このHatenaのデザインは、シンプルでがちゃがちゃしておらず、
カスタマイズしない私には、まだ使いやすく、宣伝もあまり入らないので助かっています★


という、少々この最初の謎かけから
今日のテーマ、
”自分を好きになれずに困っている方へ”を始めます。

 


宇宙の拡大してく波動は、人間でいうところの”愛”と”調和”の波動に似ていて、
だからこの世に生まれた私たちは、”愛”と”調和”を持って命を輝やかしていくんですよというお話をしています。
この”愛”と”調和”と漠然と言っても難しいので、
”快”の波動を発生する考え方と、宇宙の波動に逆らう”負”の波動を発生する考え方の二つ分けると、今思っている考え方・感じ方が、どちらに属するのかわかりやすいですよとずっと言ってきました。

 

”快”とは、その字の通り、心地よい心よい、そういった心が軽くなっている・穏やかになっている心である時、
その反対は
”負”。ここでは、マイナス思考という意味ではありません。
”快”に対して、心地よくない・心が落ち込む、そういった心が重~~~い・全然穏やかになっていない心の時、
そういう心の状態を”快”と”負”として表示しています。
久しぶりに、”快”と”負”の説明をしたので、最近ブログを読み始めてくださった方には、
私が常日頃使っている「言葉」の意味を少しでも的確に掴んでいただければと思い記しました。このブログの内容は、理論的にも書いてはいますが、
どちらかというと右脳、心で感じて読んでいただくことの方が、
より心に入っていくと思うからです。

 

そして、
この”快”のでも一番大切なのものが、”自愛”だと教えられることが多い日々です。
”愛”と”調和”をテーマに生きていますから、”愛”という文字の入った”自愛”が最も身近で重要なことは明らかです。”自愛”の中に心が軽くなる秘訣があるのです。
だから、最近、自愛をテーマに書いています。
セッションの中でも、みなさん自愛に対しての質問や関心度が高くなっていたり、
またブログからも”愛”を感じると嬉しい言葉をくださっていたりと、
「ようやく伝わってきたのかな~」と、まだ「伝わっているぞ!」とまではいきませんが、何かしら神様からの宿題は果たせているようです。


「自愛」を基にしての質問で、時々”自信ないので困っています”と同じくらい悩みベスト3に入る質問です。

 

Q 自分を好きになれずに困っています。
  どうしたらいいですか?

 


好きになる必要はありません。

 


私も同じように悩んでいたことがあり、
神様に投げかけていたところ、
教えてもらった答えが、「好きになる必要はありません」なんですね。私は最初何のことだかよくわかりいませんでした。読んでくださっている方の中にも、「なんですと!」と目から鱗の方もあるはずです。


しかし、この回答だけを読むと、誤解が生じるので、
「そのこころは!」を書いていきます。
この考え方の方が、大切な自愛の考え方と言えると思います。


”罪を憎んで、人を憎まず”
これに発想は似ています。

 

誰でも自分の嫌いなところはあると思うのです。自分を客観的に見ることができるようになってくればくるほど、きっと嫌いなところも真面に目に入ってくるのが当然です。
でも、だからと言って自分自身の存在すべてを嫌いと否定することとは違うのです。
嫌いなところはあくまでも、自分の部分すべてではないということを区別しておく必要があります。

そして、その上で
嫌いなところを、自分で「受け止めておく」。
避けずに、自分で「受け止めておく」。→逃げるといつまでも終わりません
それだけでいいのです。


嫌いなところを、自分の心を押し殺して無理に「好き」に思考を修正する必要はない すし、
そもそも「好き嫌い」は心の感じからくるものですから、
頭ごなしに「好きと思え~~!」と自分に言い聞かせても無理です。
だから、好きでない自分をそのまま受け入れる、それでOK!
自分を受け入れる”自愛”がそこで一つできているのです^^

 

嫌いなところを受け入れるという”自愛”のあとには
もう一つの”自愛”。


部分的な自分を受け入れる”自愛”の後ですから
全体的な自分を受け入れる”自愛”です。


嫌いなところいっぱいでも、
長所と言えるようなところを見つけられなくても、
どろどろとした心を持ってしまう人間らしい自分でも、
なかなか自分を変えられなくても、
本当にどうしようもない自分でも、
 ・
 ・
 ・
そういうアイタタタ!が沢山ある自分でも
どうしようもないな~と最後にはおかしくて笑ってしまうような自分でも

 

くるっとまとめて「愛おしいな~~❤❤❤」と感じる。

激しく好きって感覚とは全然ちがいます。ほのぼのとした、ぼ~っとしたというような、ふんわりって感じです。

 


それが、”自愛”だと思うんですね。
「好き」と「嫌い」と”愛”とは別ものだと区別すると
理解しやすいと思います。

 

例えば、身近な大切な人やペットを対象に考えてみてください。
・子供の点数が悪いからと言って、子供を愛していないのですか?
・ペットがそそうをするので、ペットを愛していないのですか?
・母がうつだからと言って、母を愛していないのですか?
・父がアスペルガーだと言って、父を愛していないのですか?

「嫌だな~」と思うのは人間なので、あって然りなのです。


でも、嫌なところがあるからと言って、その人やペットの存在まで嫌いになる(存在を認めないという否定する)ことは別の話ですから。
そこを混同しないでください^^

嫌い と 愛してない  は別物です!!

子供さんに、あなたのここが嫌いともし言ってしまたら、でも愛しているよ~とフォローを入れることも子供さんへの慈愛方法として必要な時もあるでしょう。

 

そこを混同してしまうと
いつまでたっても”自愛”のできない「わたし」が続いてしまいます。苦しみも続きます。
自分の好きなところを無理して増やそうと頑張らないでいいですから^^

 


「愛おしいな~私❤(じんわり)」と感じる、それで”自愛”できてます。
でも、愛おしいと自分に感じられないという方には
”愛”が”ある”というシステム、つまり愛の中に生まれた前提で始まっているという
「あなたもすでに代表選手!」

http://neiraku123.hatenablog.com/entry/2016/09/28/163236

を読んで、少し頭を柔らかくしてみてから、
じんわり自愛を感じるなたをまず作っていってください^^感じる心作りからです!

 

あなたが嫌いなところがあっても愛しい自分❤が出来てくると、

同じように自愛ができ、あなたのどんなところも受け入れて慈愛してくれる人が現れますから。

類は友を呼ぶ宇宙の法則が働くので^^

 

対人の場合には、”合う””合わない”の直感が出てくる時があるでしょう。
しかし、自分に対し「私、私と合わないねん~~」と言う人を見たことがありません。
そもそも「自分は自分に合うようになっている」ので、あなたが「自分を愛おしい」という感じ方のスイッチが入りさえすれば、難しく考えるよりも簡単です。

 

そして、いつかこの世を去る時、
「自分は、自分でよかったな~」と思いながら旅立てる。
そんな風に自分を愛していきたいですね。

 

生まれもって右膝のお皿が分裂している上に、左太腿は生6か月で大骨折、普通のことが普通にできない自分が、愛おしい!
風邪も引きやすいし、引けばすぐに肺炎になる自分が、愛おしい!
私のことを書けば、やたらと体のことが先に出てきましたが、
器用貧乏と呼ばれる仕事にしても、家族のことにしても、
できないこととだらけの自分が愛おしい、
ようやくそんな自分にたどり着けた。
だから、最近のブログでは”愛”が届くようになったのかな。

 

そうそう、最初のなぞかけ。
わかった方には、きっと自愛的考え方が備わっている?伝わっている?と思います。

                         寧楽感恩