はひふへほっ。 笑う門には福来たる

~視えない世界と和の法則、地に足つけて幸せを~

めまいのような ふわっとするスピリチュアルの意味

連休も終わり、
季節も新緑が鮮やかになる頃、
動きやすいエネルギーが充満!と活動的になられている方も多いと思います。

自分としては以前よりも心と体の状態は上向きなのに
なぜかめまいのような、ふわっと、ふらっとすることがあるという方の質問があったので書いてみようと思います。

 

以前も
「ふらつき・めまい【スピリチュアル的意味・対処法】」http://neiraku123.hatenablog.com/entry/2014/02/10/234053
を書きました。ここでも、体の不調は神様からのメッセージとして、考え方について記しました。
また、考え方だけでは物足らないという方には、
天地人瞑想」

http://neiraku123.hatenablog.com/entry/2014/02/16/123911
をご紹介しましたので、もしお時間のある方には、こちらも一読いただくとよいかなと思います。


さて、流れが上向いてきている時に起こったこの相談者の方を見ていきますと
他人軸や自分軸という考え方の部分ではかなり理解をされており、
普段の生活においても「自分軸」を実践できることができるようになってきておられます。さらに、自分がこれをしたいということも心にしっかりと持っておられます。

 

しかし、なぜかふらっとするんですね。

前回の「ふらつき・めまい【スピリチュアル的意味・対処法】」で紹介した
自分のしたいことがはっきりしていない
なんとなく生きている

人に流される

 などなどから来る、めまいが起きやすいとはまた違っています。

 

この方は本当にしたいこともあり、
実際それに進んでおられ、
自分としても充実している感覚も持っておられる、
でも、何か・・・・・ というところなんですね。


この方のふわっとしたようなめまいのようなというのは
ずばり
”ふわふわと散漫している”ということです。

この抽象的な表現では、なかなか文章では伝わりにくいとは思うのですが、
他人軸でなく自分軸になっているけれども、
自分のことも集中しているつもりであっても、
いろいろなところに心の矛先を持っていきすぎて
結局自分のエネルギーの芯が、ふら~ふら~と揺れているという感じです。

 

もっと自分の生活や自分の心に
自分の心の眼やエネルギーがどんと向けられ、使っておられればいいのですが、
まだ足らないという状態。

 

根(自分)付いてはいるのですが、
何かしら風(周りの状況)を受ける態勢になっていて
茎や葉っぱがやたらゆれてしまっている感じなんですね。

 

人のことが気になってしまう方
自分がおせっかい焼きだと思う方
は、人に目がすぐ向いてしまう習慣がありますので
どうしても”散漫”になりやすいのです。
だから
”そこまで人のことを気にかけないでいいから~”
”その散漫もういいから~”
との意味で、神様は、ふらっとふらつきを起こしています。


また、自分の調子がいいと思うと
人を助けたい、何かしてあげたいと思い、積極的に行動されるようにもなります。
そういう方も要注意です。

 

その何かをしてあげたいという優しい気持ち、与えるの気持ちは
すべてエネルギーに絡んできますので、
一気に与えてしまうとエネルギー不足になりがちです。

つまり、ここでも
”そこまでしないでも、まず自分だよ~~”というメッセージが送られてきます。


人との接点が多い人ほど
”エネルギーを使う、与えていい限度”の感覚をとらえることが難しいと思います。

エネルギーをどれだけ使っているかなんて、測ることもできないから、本当にわかりにくいものです。
これは個人個人で限度が違いますし、またその個人でもその時その時の状態によっても変わりますから、自分で加減をつかむしかないですね。

 

その加減が出来ていない時に、
”加減が超えているよ~。先に、自分を満たしておくれ~”のサインとして、ふらふら、ゆらっとすることが起こります。
単純に、そんな時には、自分にもっと集中していていいのです。

ミイラがミイラとりになるではありませんが、

”助けようとしていたら助けられる状態になってしまった!”では

心の本末転倒です。それはそれで、気づき・学びなのですけれども。

 

自分軸の考えで、自分勝手でなく自分を大事にした生き方をしたいものですね^^

                             寧楽感恩