はひふへほっ。 笑う門には福来たる

~視えない世界と和の法則、地に足つけて幸せを~

思考癖・考え癖も 心で変える

なんだかんだともう3月になりました。
春めいた日もあれば、
まだまだ冬だなと思う日も。

ご相談を聞く中では、見えないものの存在、スピリチュアル的なことに目覚められて
自分が変わることで状況が変わるということを実感して生きてくださっています。
本当に、相談後のご報告を受けると嬉しい限りです。

前ふりでお話したように
春が来ていたのに冬になってしまい、
どうしてそうなってしまったのかわからないという方も多くあります。


人間の考え癖は、自分が意識を持って生きてきた人生の年数分、
歴史があるだけ頭にへばりついているものですから、そういう状況の時には焦らずに
「こういう時もある。春も来れば、冬も来るさ。
 でも、心が変わろうとしている限り、ちゃんと進んでる!」
と冬が来るとダメだと自己否定(負の波動を発生する思考)せずに
そういう自分でもいいんだと自己肯定(快の波動を発生する思考)をしてみてください。

春が来たのに冬がまた来たという中では
神様的な気づきが途中で終わってしまっていたり、

気づきはいいけれども行動して方法が違いますよといったような、
もう一歩ですよということが多々あります。
ですので、決して後退しているのではないということです。

 

変わろうという気持ちは素敵なことです。
自分がよりよく生きたいと思うことは当然なことです。

 

が、気づきを得て、自分が変わるように思考癖をなんとかしようとしても
「・・・・・というように考えなければならない」
一度春が来てうまくいっていたのだから
同じようにできるようになればまた春が来るに違いないので
藁にもすがる思いで「・・・・しなければならない」
がちがちに自分の心をしばって
自分ができてないと自己否定をして
できない自分を卑下して、
とますます負の波動を発生してしまっては、本末転倒。

 

「しなければならない」という英語でいう
「MUST」や「have to」は自分に制限をかけてしまう思考ですので、
ますます宇宙の法則であると、しなければならないことを増やしてしまう、
つまり問題的なことを増やしてしまうことにも繋がります。

 

この「しなければならない」と考えているときは
明らかに、自分の心で感じているよりも
頭で考える、頭に言い聞かせるということになっていますから

せっかく神様のアドバイスは意図通りにとらえていて

気づきの方向として間違ってはいないのに
「しなければならない」と考えしまったことで
自分で遠回りすようなことになってしまっていることにもなりかねません。


それとは別に、

結局、心に入らないということ、心にストンと落ちないということは
神様のアドバイスでないことをとらえているということですから、

再度「気づき」を探りなおすことが必要です。

聞いて涙が出てくる言葉というものは、

神様が伝えたかった言葉が心に届いた印と思ってかまいません。

 


でも、神様のメッセージだと自分で判断しにくいことが多いと思いますので、
人の快の波動の発生する考え方のアドバイスを聞いた時には
「お、そういう考え方もあるんだな。
 そういう方向で自分なりの考え方も考えてみよう!」
というように制限でなく、可能性を広げる許可を自分にしてみてください。

 

スピリチュアル的な考え方では
個々には自由で制限のない許可が与えられ、
愛と調和を持って生きるということが基本となります。

自分を制限したり、
自分を拘束したり、
自分を否定していれば、
いくら見えない世界を肯定していても
あなたの幸せを感じられる生活に
なりにくいのです。

 

考え癖を変えようとして
逆に陥りやすい落とし穴なのです。

 

真面目に生きてきた方ほど
「しなければならない」
「・・・・のように考えなければならない」と
一生けん命になり、頭に言い聞かせる傾向にあるので、
そこはリラ~~~~~ックス。

「しなければならないと考えるのは、しんどいから一旦放置!」でいいのです。

「お、こういうことか!」と心に来るまで無理しないでもいいのです。

 

自分が変わるのにも
頭で変わろうと頑張りすぎずに
直感(神様からのメッセージ)として心にストンと入るような言葉を感じる。

先に「感じる」があって
後で、思い出すのに頭を使うのは構いません。
思考しまくって感じるということはできませんから。

 

                            寧楽感恩