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はひふへほっ。 笑う門には福来たる

~視えない世界と和の法則、地に足つけて幸せを~

心の矛盾に気づく 【謙虚】

私は職業がら、美文字レッスンや開運文字レッスンを個人レッスンという形で

させていただいています。個人レッスンにする理由はここでは触れませんが、

個人レッスンで好評なのが、実はレッスン後の「心を軽くするワンポイントアドバイス」です。

私が関西に移動してからも、交流が続いている方もあり、

おせっかいな私は今もワンポイントアドバイスをさせていただくことも^^

 

今日のこのテーマは9日にブログを書いた後に、

個人レッスンの時から交流が続いている素敵な女性からメッセージをいただき、

直感的に「心の矛盾に気づく」がテーマだ~と思ったので

続編のようになりますが、【謙虚】の心の矛盾について書いてみたいと思います。

 

自分の成長が必要だと

人のせいにせずに因果は自分が起こしていると

魂みがきだと

スピリチュアル的であったり、精神論を考えて

一生懸命に日々の生活や仕事に取り組んでおられる方に

思考癖として振り返っていただきたい大事な点です。

 

ここで例を挙げさせていただくと、

「いいことも、悪いことを認めて受け入れる。

 とくに悪いことは自分では見えないし、見たくないことも多いです。

 そこをどう謙虚に受け入れ、意識し て前向きに自分の糧にしたいと思います。」

というメッセージを見ていきたいと思います。

 

今回は、上にも書いたように

「心の矛盾に気づく 【謙虚】」がテーマですので、その視点で。

 

文面からは本当にがんばっている心の声が聞こえてきますので、

あまりがんばりすぎないでいいよという応援も込めて書かせていただきますね^^

 

今日のブログでの一番大事なことは、

「いいこと、悪いこと」この分別は、どうなのか?ということ。

 

いいこと、悪いこと、

善悪、正しいこと正しくないこと、

 

人はよくこの言葉を使います。

つまり、ある事由があれば、その人のとらえ方によって

いいとか悪いとか、善だとか悪だとか、正しいとか正しくないとか

こういう「判断」をしています。

 

判断程度ならいいのですが、

お互いに利益が生じることや仕事、人間関係などになると

「心で裁く」ようになっておられる方もあると思います。

(以前の私もそうだったので、よ~くわかります)

 

本当に

「いいこと・正しいこと」って何なのでしょうか?

 

誰でも自分にとって都合のいい未来に関係することは「いいこと・正しいこと」

自分にとって都合の悪い未来に関係することは「悪いこと・正しくないこと」

過去の経験、自分の価値観や知識でもって判断していると思います。

 

でも、

「いい・正しい」と本人が思っていても

ご本人の魂の親(神様)は、その方法では大変になるからと「よし」とされていないことも多くあります。

ご本人の思考と神様からの直観(メッセージ)とが一致していないという状態ですね。

 

「いい・正しい」、「善・悪」は

先ほど言ったように、本人の経験や知識、環境で見方が違うのです。

「逆もまた真なり」という言葉があるように、

どちらかよくって、どちらが悪いと判断する必要はないのです。

 

仕事であれば、自分の考えがベストだと考えることも、

自分のやり方が「正しい」とか「いい」と考えることも、

職場で働きながら常に考えておられる方もあると思います。

でも、周りは協力してくれなかったり、

理解してくれなかったり、

自分の考えとは180度違う方向で進めようとしたり、

仕事に一生懸命になればなるほど、苦しくもなっておられると思います。

 

自主的に仕事に励む心と姿勢は大事ですが、

苦しい思いまでする必要はありません。

ストレスに直結します。

 

自分が正しいとか、いいこととか、自分の思考にとらわれすぎるから

苦しくなるのです。

 

会社であれば、「調和を学ぶことも大事ですし、

「いい・悪い」の判断は、人的にでなく神様がなさることなのです。

社長の神様の意向が大きく影響されていることでもあります。

 

「判断」は自分がするのでなく

神様がしてくれるものだと、「裁く」思考癖を止めてみることが大事です。

今回のブログでいう、「判断」は「裁く」という思考です。

 

人を傷つけるとか、法律に背くというのは、

人間が決めたルールに反するので

人としてはしてはいけないことと決まっていますが、

自分や他人がしていることも含めて「判断」しないでいいのです。

 

つまり、「判断」することは、謙虚ではないと言えます。

人を判断しながら、状況を判断しながら、

謙虚に受け入れようとするのは、明らかに「矛盾」なのです。

 

そのまま受け入れるといのは

「判断」もしないということ。

 

100万円あれば、

ただ100万円あると事実をそのまま受け取る。

 

100万円しかないとか

100万円もあるというのは

自分の価値基準ですでに「判断」の思考が入っています。

 

自分や他人、環境を「判断」して生きることは

ある意味「傲慢」だということ。

 

心を捨てよと言っているのではないのです。

自分を苦しめてしんどいと言いながら

「判断」して生きるのは「矛盾」を生きるので苦しいのは当然だということです。

 

スピリチュアル的に言うと、「判断(裁く)」というのは、

「負」の波動をうながす考え方ですので、要注意ということです。

 

またまた上手くニュアンスが伝わったかと

私の文章力のなさを感じますが。

超簡単に言うと「人(自分も含む)を心で裁きながらの謙虚はありえない」ということです。

自分に厳しすぎる方、自分を「判断(裁く)」のをやめてあげてくださいね。

 

                             寧楽感恩