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はひふへほっ。 笑う門には福来たる

~視えない世界と和の法則、地に足つけて幸せを~

心の矛盾に気づく

以前韓国に住んでいた頃から

お悩みをお聞きするお仕事もさせていただいています。

今もしていますが、文字を打つチャットでも行っています。

 

思うことを文字として打つ行為は

頭の中を整理する、自分の見られる、

そして打った文字は残りますので

鑑定の後にも何度も繰り返して読んでいただけるという長所があります。

 

これは、私に会話として役立つというよりは、

ご相談者の方が自分をフィードバックできるという意味で、

自分を客観視する機会が持てるいう意味で、

役立つものだと思います。

 

恋愛のご相談で多いことを

昨日も感じましたのでお伝えしたいと思います。

 

私の鑑定では、ただ未来がこうなるというような占い的要素だけで

お話することはしていません。私が他の方の人生を決めてはいけません。

あくまで、迷いのある方には、迷いなくなるよう神様が伝えて欲しいとおっしゃることを、ご本人に気づいてもらえる形で導いていきます。

また、波動が低くなる「負」の考え癖のある方には、認知治療のような

考え癖を変えていただけるよう、心の闇を解放し、癒しながら進めてもいきます。

 

ひいては、占いなどに頼らずに、自分で自分の魂の親の声を聴いて、

自分らしく幸せになっていただくためです。

自転車も、最初練習の時には補助輪や補助の人が必要でも

ある程度、調子よく乗ることができれば、一人で乗れるようになります。

うまく漕ぎ始めるところをサポートさせていただいていると思っています。

 

昨日も感じたことですが

今まで私のアドバイスを聞いていただき、

また自分で宇宙の法則や引き寄せの法則で勉強なさっているとおっしゃっている方に多いのは、理論はわかって、一生けん命にやっているのにどうも停滞したままという方に共通してある「心の矛盾」です。

 

いわば、ブレーキとアクセルを一緒に踏んでいる状態なので、

どうしても進みが悪いですし、その状態が続くと心がオーバーヒートしてしまします。

 

例えば、

「私は今自分にとっていい道を行っているのでしょうか?」という質問;

恋愛の場合ですので、この人なのか、もしくは他の人があるのかという質問です。

今は、今付き合っている方とはうまくいっているのを前提とします。

相談者に質問をしていくと、「不安でなない」「つらくはない」「私は今幸せです」というような、スピリチュアル系の本や心理学系の本、宇宙の法則で学んだような模範回答のような言葉を一生けん命に並べておられます。

 

理論的なところで、一生けん命に理解をして、

そして自分に言い聞かせながらやっておられるのです。

心も視ていますので、心はついて来ていないのはよくわかりました。

 

その方の心の底はそういう気持ちはありませんし、

その方の神様もすでに未来としての方向性を示してはくださっていましたので

一生けん命されている相談者の方に

少しでも気づいていただければとお話することしか私にはできませんが、

させていただきました。

 

「自分がいい道を行っているのでしょうか?」という質問自体、

不安の気持ちがあるから出てきてしまうもの。

これが不安からの感情であることを気づいておられない。

宇宙の法則を勉強しておられるとしたら、

不安に思うことは、そのまま現実化してしまいますから、

不安が自分の中にあると自覚をしない限り、

不安な状態を未来にも自ら作り出してしまいます。

 

つらくはないとおっしゃても、

つらいから未来を考えたり、

迷いが出てしまう。

 

幸せだと本当に思ってたら、

他の方がいるのかというような考えは起こらない。

 

具体的にあげると、こういう視点が考えられます。

しかし、一生けん命にやりすぎていると、

またスピリチュアル的なものにはまりすぎていると、

「気づいているんです」と自分では思いこみが入ってしまい、

「心」と「脳」とが分離してしまい、

結局、「ブレーキ」と「アクセル」という2極を生んでしまいます。

 

注意を促してくれている不安やつらさというものは、

不安が悪いわけでない、

つらいのが悪いわけでない、

幸せだと感じられないのが悪いのではない、

と言いたいと思います。

 

不安と思う考え軸が自分にあることを知ればいいし、

つらいと決めてしまう自分の心の基準があるということを知ればいいし、

幸せだと自分が感じる瞬間はどういう時かと知ればいい、

そういう人生の中で必要な要素を気づくチャンスだととらえればいいのです。

 

しかし、スピリチュアル的なことにはまってしまう方は

こういう「負」の感情は思ってはダメなものと頭ごなしに思い込んで、

自分の中にはないものとして蓋をしてしまうのが、一番「矛盾」を起こします。

「気づいた」つもりで、つらいのはこういう理由でと起こった事に対する感情をかみしめるだけで、終わってしまっているので、本当の気づきにはなっていないという部分が多くあります。

 

不安なのに 不安だと感じていない と自分に言い張ること

つらいのに つらいと感じていない と自分に言い張ること

幸せでないのに 幸せと感じていない と自分に言い張ること

自分の心に矛盾をしていれば、直観という魂の親(神様)の合図も届きにくいです。

 

自己探求という言葉を私はよく「気づき」という意味で使いますが、

自分の心に正直になって初めて自己探求ができます。

自分にとって嫌だなと自分に対峙することにもなります。

 

ありにも心よりも脳ばかりで優先されている相談者の場合には

最初の方でお話になっている言葉と

その時にお話になっている言葉とが 180度違っています。

つまり、心で感じていないので、 その時その時考えすぎて

結局つじつまがあわない「矛盾」を起こしておられます。

 

執着していないんですと言いながら

いつも好きな方の気持ばかり気になる方は

おもいっきり執着していますから。

気にならないというは、

今、自分がその方を好きで楽しいし、嬉しい。感謝。

未来にどうなるかは神様預けます! 

というくらいが恋愛では執着なったと言えると思います。

 

人だから彼の自分に対する気持ちをまったく考えないようになどは

難しいと思いますが、気にしているなという自分を自覚しておくことで、

自分で起こしている呪縛や矛盾から解放されることも可能になります。

 

自分では自分の心の矛盾を

同じ頭で考えようとしても発見できないことが多いです。

だから、一人で悩まないでいいですからね。

 

少し長くなりましたが、

言いたいことがうまく伝わっておりますように。 寧楽感恩